実践的クレーム対応マニュアル
診療にあたっては,クレームが発生しないことが最も理想的です。
しかし,実際に発生してしまった場合には,どのように対処すればよいのでしょうか。
以下,シチュエーション別にご説明いたします。
宜しければ,ご参考にしてください。
シチュエーション1
事情を聞いても重症とは思えないのでお待ちいただくようお願いしましたが,「何で診てもらえないのか。今すぐ診て欲しい」としつこく要求されました。
診察をしないでいたら,飼主が早く診察しろと,怒り出してしまいました。
対応
悪い例
- 一番悪い対応が,飼主の要求する態度の強さに押されて,要求を拒むと後々クレームに発展するのではないかと恐れるあまり,緊急か否かの確認をせず,他の飼主を後回しにして,診察をしてしまうことです。
このように最初に一歩譲歩して診察を行うと,その後も強い態度で出れば要求が通るのだと思われてしまい,当初より増して無理な要求をされるようになる恐れがあります。
初手で対応を間違えると,クレーマーの要求に対応し続けなければならない事態に陥りかねませんので,不必要な優遇はすべきではありません。 - 先ほどとは反対に,症状の聞き取りや,緊急性の有無を判断する事情を聞き取らずに,忙しいからの一点張りで飼主を帰らせてしまうことも悪い対応です。
この対応では,その後ペットに悪い結果が生じたとき,後になって応召義務違反と主張される可能性があります。
ポイント
診療時間外に突然来院するということは,かかりつけの医院を持たず,症状が重くなってから慌てて医院を探し始めたという可能性が高いです。その場合,そもそも普段からペットの管理が行き届いていないことが推察できます。このような方々には,管理責任の自覚が薄く,医師へ責任転嫁するタイプの方が多く見受けられますので,対応に注意が必要です。
良い例
一旦,飼主から,ペットの症状・経過等,緊急性の有無を判断するために必要な事情を聞き取ります。
事情によって,緊急性が無いと判断した場合,後日の診察を勧めるか,他の救急病院を紹介します。
もし,緊急性が有ると判断した場合,自身で対応可能な症例であれば,ペットの診察をした上で,救急病院を紹介します。自身が対応不可能な場合は,自分で診察はせずそのまま救急病院を紹介しましょう。
救急病院を紹介する際には,こういった経緯で紹介する事になったと獣医師が救急病院に一報を入れておくようにします。
シチュエーション2
対応
悪い例
- 検査の必要性について詳細に説明すると,相手を怒らせてしまいクレーマー化するのではないかと恐れ,検査しないことのリスクを説明せず,飼主の要求するまま,経過観察をするのは避けなければならない対応です。
このような対応をすると,経過観察が原因でペットの症状悪化・死亡等のリスクが発生した際に,獣医師が責任を負わされることになります。 - 一方,当然に必要な検査であることから,そのまま検査を行うことも悪い対応です。このように,リスクの説明及び飼主の同意を得ることをせず,無断で,若しくは,強引に検査を行うと,後で検査費用の支払を拒否されたり,検査のリスクが発生したときの責任を獣医師が負わされたりします。
良い例
検査が必要な理由〈確定診断に必要等〉と,検査せず経過観察する場合のリスクを併せて説明し,飼主の判断を仰ぎます。そして,説明内容と飼主の結論をカルテに記載します。
飼主に対し,「医療とは、治るという結果ではなく、治る可能性のある医療行為について対価を受けて行う行為」であることをしっかりと理解して頂きましょう。
それでも飼主が決断つかない様子であったら、「決心がついたら来てください。ただ、ペットの症状から見て、考える時間はそこまでありません」と伝え、伝えた旨をカルテにきちんと記載します。
飼主が検査をしないと言った場合も,その旨を忘れずにカルテに記載しておきます。
シチュエーション3
対応
悪い例
必要な治療をせず,対症療法で経過時間だけ引き延ばしてしまうのは避けるべき対応です。
すべき治療をしなかったことによって,ペットの死期が早まった場合,死亡に対する責任は獣医師が負うことになります。
また,治療をしないことへの飼主の同意をカルテに記載しないのも悪い対応です。
死亡等の結果発生時に,飼主から「本当は手術をしたかったのに,してくれなかった」・「獣医師がもっと熱心に説得してくれれば良かった」と,クレームを言われ,対応に苦慮しかねません。
良い例
良い対応例は,飼主に,獣医師の提案する治療方針を取らなかった場合のリスクをきちんと説明することです。
そのとき,死亡の可能性もある症例であるなら,遠慮せず死亡の可能性を述べることが重要です。
対症療法のみで治療を続け死亡した場合,「治療をしてくれなかった」とクレームを言われることがあるので,死亡のリスクは予め説明しておく必要があります。
リスクを伝えた上でも,なお「治療しない」と言われたら,その発言をカルテに記録しましょう。
動物の場合,ヒトの場合と比べ,要求される延命治療の必要性の程度が高くありませんので,治療しないことに対し過度に委縮する必要はありません。
上記良い例のような対応をしたら,飼主に「見捨てるのですか?」と言われた場合
その場合には,「私の判断では,このような治療方針になるので,ご納得いただけない場合は,他の獣医師による診察を勧めます」と伝え,別の獣医師を紹介しましょう。
この際,予め後医に事情・経緯を説明しておくと良いでしょう。
なぜなら,飼主が,前医から酷い対応をされたと受け取り,そのように後医に伝え,医院の信用低下を招くことがあるからです。
シチュエーション4
対応
悪い例
悪い対応例は,過失の有無を判断せず,獣医師が診察中に怪我を負わせたのだから獣医師自身の責任であると認識してしまい,今後の治療費を頂かない・お見舞金として月5万円の支払を続ける・奇形の後遺症の補償をするとの一筆を書くこと等です。
この対応の問題点は,獣医師のミスではない場合に,責任を認めてしまう点です。
良い例
まず,診察・治療中にペットが暴れることで負った怪我は,獣医師の過失によるものではないことがほとんどです。
ですので,飼主には,怪我を負った理由をきちんと説明するのが良い対応です。
過失が無い場合は,「治療中にペットが暴れたことによる怪我は,獣医師には防ぐことが不可能であるから,過失が無い」ことを説明し,ご納得いただきます。
その場合,治療の対価として,飼主は治療費用を支払う必要があることも説明しましょう。
もし,飼主にお見舞金を支払うとしても,獣医師に過失が無いことを前提とした一筆を飼主に書いて頂きましょう。
また,過失の可能性があると思ったら,即答はせず,「過失の有無について検討してから回答する」旨を伝え,弁護士に相談・保険会社に報告をしましょう。
シチュエーション5
対応
悪い例
速やかにクレームを終息させようと,獣医師の過失の有無について説明せず,念書も作成せずに,無期限に月毎に金銭を支払うと約束するのが悪い対応です。更に悪い対応は,一旦支払い始めたら,ペットの生死を確認せず漫然と支払い続けてしまうことです。
なお,金銭を支払う約束をする場合には,念書等の書面を残さないと,後々大きな紛争に発展してしまいます。
良い例
このケースでは,獣医師の過失の有無について検討することが重要です。
ですので,良い対応例は,飼主に,過失の有無について検討してから回答すると伝えることです。
獣医師賠償責任保険に加入している場合には,事故報告を行い,保険会社対応で処理を進めます。
過失が無く,適正であったとなれば,金銭を支払う必要はありません。
もし,過失があるとしても,負わせた怪我に対する適正な治療費等を支払えば十分ですので,飼主の言うままに金銭を支払う必要はありません。
シチュエーション6
対応
悪い例
一番悪い対応は,過失の有無を検討せず,直ちにミスを認め,合意書も交わさずに現金でまとまった金銭を支払ってしまうことです。
この対応は,大きなリスクをはらんでいます。
まずは,飼主から,「そのような金銭は受け取っていない」と主張され,改めて紛争に発展する可能性があるリスクです。
極端な例に聞こえるかもしれませんが,「帰り道に金銭を落としてしまったから,再度支払ってください」と主張する飼主もいらっしゃいます。
次に,「金銭支払い行為は,自分のミスを認めたということだから,更に金銭を支払え」と主張されるリスクがあります。しかも,裁判手続が始まってから,過失は無かったと主張して争うことができなくなります。
良い例
良い対応は,死亡の理由についてしっかり説明をすることです。
その際には,あくまでも明らかな真実のみを説明するようにし,推測で死因を述べることは避けます。
飼主から,獣医師に過失があると主張されたら,過失の有無については検討してから回答すると伝え,すぐに弁護士に相談しましょう。
獣医師の立場から,「あの時,あのように治療していれば良かったのだ」というお考えはあるかと思いますが,法的評価の観点とは異なり,法律上は過失でないことが多いですので,自己判断で回答するのは避けましょう。
なお,事前の防止策として,手術の際には,必ず同意書に飼主の署名を頂きます。
また,診察や他の治療にも当てはまりますが,手術には飼主に立ち会って頂き,立ち会った旨をカルテに記載します。これにより,裁判上で,飼主に対する説明があったとして認定され得ます。
ポイント
先ほど,獣医師にとっては自身に問題があると認識しているが,法的には問題にならないこともあると記載しました。しかし,逆に,獣医師にとっては問題ないと認識し,むしろ飼主に良かれと思ってした行為が,のちに法的紛争に発展したケースがあります。
例えば,死産した子犬を引き渡すことは飼主の心情として辛いだろうとの考えから,死産した子犬がいたことを告げず,引き渡さなかったら、後に訴訟で返還を請求された裁判例があります。飼主は偶然レントゲンに写っていた子犬の影を見つけたそうです。
獣医療では専門家である獣医師の方でも,法的問題については,自己判断せず,法律の専門家である弁護士に任せることが結果として紛争防止に繋がります。
クレーマーと認識したら,取っておくべき対応
- スタッフ全体に該当する飼主について周知します。
- 飼主の期待に過度に応じようとする必要はありません。
- 獣医師自身でクレームをうまく収拾しようとせず,弁護士に相談することをお勧めします。後で第三者の視点から見て,適正な対応だったかが問題になりますので,第三者を間に挟むことが有効な手段となります。
- 記録はこまめにとるようにしましょう。
・やりとりの録音
特に,クレーマー化した際のやりとりは録音して保存しておきましょう。
・カルテの記載
獣医師にとって有利な事情も漏らさず書きましょう。
また,飼主の強い希望は記録に残しておきます。
特に,通常と異なる特別な治療方針を取った場合には,その理由を記載します。
例:患者の希望によることであること、苦肉の策であること。
これらの記載は,後々裁判で有利に働くことがあるからです。
修正液の使用,後から書き直し・追加することはしないようしましょう。
電子データには履歴が残りますので特に注意してください。
記入した日付をこまめに記載することも大切です。